N&Sラーニング講師の著書・論文・雑誌原稿


西部直樹

はじめてのディベート

あさ出版

1500円

ディベート入門

・正しいディベート訓練入門

JST指導者資料 

No.196H11年9月25日

・ディベートで、論理的な考え方を身につけよう

季刊トップ

1997 WINTER

ディベート...etc

・価値の比較について

トライアングル

No15 '99.5.20

・ディベート研修について

JDA News

ディベートの練習方法

・<ディベートの練習1> いいとこ3つスピーチ

授業づくりネットワーク

No.157

・<ディベートの練習2> 一争点ゲーム

授業づくりネットワーク

No.158

・<ディベートの練習3> 2立形式のマイクロディベートをする

授業づくりネットワーク

No.159

・<ディベートの練習4> 試合を振り返る

授業づくりネットワーク

No.160

ディベート文献批判

論題の提示から議論の構築まで――ビジネスマン向け入門書から――

教室ディベートへの挑戦

第3集1996.2.5

プレゼンテーション

・プレゼンテーションの基礎・基本

授業づくりネットワーク

No.171 2000/3

議論批評

ここが変だよ 日本人――悪魔の代弁人がいる議論の風景

議論批評研究会通信

創刊第3号


左口絹英

・アサーションとは何か

授業づくりネットワーク

No.161


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正しいディベート訓練入門

JST指導者資料 No.196平成11年9月25日

 「ディベート」は、よく使われる割に誤解も多い言葉です。ただの言い合いをディベートと言われたりしています。ディベートは「議論する」ことです。また、議論技術を習得するための優れた訓練方法です。
 「ディベート」には二つの意味があります。一つは「議論をする」ということ。もう一つは「議論技術の訓練」という意味です。
 「議論する=ディベートする」とは、お互いに意見を述べ、お互いの意見を検証し、結論や合意に至ることです。そして「議論する」ためには、論理的思考能力と、論理的なコミュニケーション能力が必要です。ただの言い合い(相互の検証がないこと)や、感情的意見を述べることは、「議論する」とはいいません。例えば、テレビのワイドショウなどで有名人同士が言い合いをしているのを、「ディベート」とはいわないのです。
 「ディベート」のもう一つの意味「議論技術の訓練」とは、議論をするために必要な能力を鍛える方法ということです。議論するためには、論理的でなければなりません。論理的にわかりやすく述べなくてはなりません。相手の意見を検証するためには、傾聴力と分析力、冷静な判断力がなくてはなりません。論理的思考能力と論理的コミュニケーション能力が必要です。しかし、これらの能力は生まれながら身に付いているものではありません。(稀にそういう人もいますが)つまり、訓練しなければならないのです。そのためにディベートという方法があります。

 なぜ、ディベートなのか。

 論理的思考力と論理的コミュニケーション能力は、なぜ必要なのでしょうか。
 それは、今までのコミュニケーションのやり方が通用しなくなったからです。これまでは、相手の心情を「察する」、あるいは語らず相手に「察し」を求めるというものでした。
 私たちが、同じ考え方、感じ方をしているなら、「察する」ということは容易でしょうし、すべてを語らずにすむのなら、それほど効率的なことはありません。しかし、今は「語らず」にはすまないのです。なぜなら、一人一人の価値観、考え方が多様になってきたからです。価値観、考え方がバラバラであれば、一つの事柄を述べても、出される結論は幾通りにもなってしまいます。例えばあなたが部下に「ひとつ連絡しておいてくれ」といったとしましょう、すると部下の人は、次のように聞き返してくるかもしれません。「連絡とは、どの方法でしますか。直接会いに行きますか、電話でしょうか、ファクシミリでしょうか、それとも電子メールがいいでしょうか。連絡する内容は、何をしますか……」といった具合です。「そのぐらい、察しろよ」と思っても、察しようがないのです。適切な指示を出さなければ、あなたが思っていたのとは違う結果を招きかねません。
 今は的確に表現する能力が求められているのです。的確に表現するためには、思考が整理されていなければなりません。思考の整理、つまり論理的に考える力がないと、伝えることもできないのです。そこで、ディベートの訓練が役立ちます。
 ディベートの方法 ディベートの訓練は、演習つまりディベート(議論)をして、様々な能力開発をしてゆきます。通常、次のステップを踏んで訓練はおこなわれます。
 ディベートの説明(ディベートのやり方について) ディベートの準備 ディベートの演習 ディベートの判定と講評 訓練ですから、ただディベートをさせるのではなく、次のルールに基づいておこなわれます。

 ディベートの訓練には、四つのルールがあります。

 1,ディベートの訓練では、議論するテーマ(ディベートでは、「論題」といいます)はひとつです。論題は、何らかの行動の提案が内容となっています。例えば、「日本はサマータイム制を導入するべきである」など。

 2,相対する二つの立場に分かれて議論をします。二つの立場とは、ひとつは論題を肯定する側、つまり論題で示されている行動をとりましょうという立場です。例えば、「日本はサマータイム制を導入するべきである」なら、サマータイム制をやる、という側になります。もう一つは、論題を否定する側、つまり論題で示されている行動はとらない、という立場です。サマータイム制についていうなら、サマータイム制はやらない、という側になります。
 二つの立場に分かれるとき、自分の意見と役割上の意見(肯定、否定の意見)は、切り離して訓練します。自分の考えを言えないのはおかしい、と思う方もいるかもしれません。
 自分の意見と役割上の意見を切り離すことには、二つの理由があります。
 ひとつは、感情的にならないためです。論理的に議論するための技術を学習するのに、感情的になってしまっては意味がありません。なぜ自分の意見と役割上の意見をを切り離すことによって、感情的にならずにすむのでしょうか。人は人格と議論を一致させてしまった時に、感情的になりやすいのです。例えば、「その意見は良いけれども、あなたがいうから嫌なんです」といわれたら、議論の中身よりも、発言者に対して感情的になってしまいます。自分がそう思っているから、肯定あるいは否定に立つのではない、役割として肯定、否定の意見を述べているのだ、となれば人格と意見を切り離して考えることができます。それによって感情的にならずにすむのです。
 もう一つは、多角的な視点を持つためです。ディベートの訓練では、肯定をやるか否定をやるかは、試合の直前に決めます。そのために準備段階では、ひとつの問題を肯定否定の両面から検討することになります。それによって、多面的な視点をもてるようになります。

3、議論は一定の規則に基づいておこなわれます。発言する回数を順番・時間などが決められています。時間制限などの一定の負荷をかけることによって、論理的に考える力、コミュニケーションスキルを鍛えます。一定の負荷をかけるというのは、肉体の訓練と同じです。筋力を鍛えるときには、普段の動きに重りを付けたり、回数を多くしたりします。

それと同じように、一定時間内にという枠を設けることで、適切に表現する力、傾聴する力などを鍛えてゆくわけです。

4,最後に審判によって勝敗が決められます。
 審判は、肯定と否定の議論のどちらに説得力があったかを判断し、勝ち負けを決めます。 
 なぜ、勝敗を決めるのか、それには二つの理由があります。
 一つは受講者により積極的に参加してもらうためです。いくら研修とはいえやはり勝てばうれしいですし、負ければ悔しいものです。受講者を競争的な状態におくことで、勝つためにより積極的に参加するだろうと考えます。
 もう一つは、論理的に説得力のある議論を展開してもらうためです。審判がいることで、肯定否定の説得する向きは、相手ではなく第三者の審判に向かうことになります。もし、肯定と否定の間だけで議論をすると、時として詭弁や強弁あるいは相手の揚げ足とりになってしまうかもしれません。しかし、冷静に聞いている第三者がいれば、相手をヘコますだけの議論は通用しなくなります。冷静に聞いている第三者には、詭弁などは説得力を持たないのです。 以上がディベートのルールです。

 ディベート研修を成功させるための条件 研修が成功だったどうかは、受講者が何らかのスキルがえられたか、あるいはそのスキルの重要性に気づいたかです。具体的にどのようにすれば研修として成功するのか、いくつかのポイントを説明しましょう。

 1、研修期間を十分にとる。

 研修期間は、最低でも2日間は必要です。ディベートの説明、演習の準備、演習、講評にに時間がかかるからです。時々、3時間でやってくださいとか、半日でできないでしょうかと問い合わせがあります。私は、不可能だとしてお断りしています。短時間では、何らの成果も得られないからです。

 2、受講者数と講師のバランスをとる。

 講師1人に対して、受講者数は16人ぐらいが最適です。十分な講評、アドバイスをするためです。受講者は100人に対して講師1人という依頼もあります。ディベートはできますが、講評は十分にできません。受講者はただディベートの形をなぞっただけになってしまいます。講師の講評によって、受講者は気づきを得たり、スキルアップが図られるのです。

 3、適切な講師を手配する。

 適切な講師とは、ディベートのやり方を熟知し、的確な講評、判定、アドバイスができる人です。講評は、議論の悪いところだけを指摘するのではなく、改善モデルまでを示さなくてはなりません。欠点を指摘されただけでは、受講者は今後どのように改善してゆけばいいのかわからないからです。講師にはモデルを示すだけの実力が必要です。

 講師を選ぶ際、次の3つの条件に当てはまるかどうかをチェックしてみるといいでしょう。
 
1)ディベートの経験があること。これは当然のことですが、ディベートそのものの経験がなければ、説明することも講評判定することもできません。
 
2)ディベートの審判の経験があること。審判の経験とは、研修での審判経験だけではなく、さまざまなディベート大会での審判経験があることです。ディベートの大会は、小学生から中高生、大学生、社会人を対象として数多く開かれています。各種大会での審判は、教育的指導力と審判としての能力が問われます。そこで審判経験を積んでいることは、それだけ実力あるということになります。例えばディベート甲子園(全国中学高校ディベート選手権大会)では、地方大会から全国大会まで、延べ数百人の方が審判として参加しています。これらの大会で審判をしているのは、ディベート講師としての実力がある証明になるでしょう。
 
3)ディベート研修講師の経験があること。これは当然のことです。

 これからは論理的思考能力、論理的コミュニケーション能力が要求される時代です。それらの能力を鍛えるのにディベートは最適な方法です。是非、ディベート研修を取り入れてみて下さい。


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ディベートで、論理的な考え方を身につけよう

季刊トップ1997 WINTER

1 ディベートとは何か?

――ディベートは議論の技術を訓練する

  ディベートとは実際どんなものでしょうか。アメリカの陪審裁判の様子を思い浮かべて下さい。法廷では検事と弁護士が陪審に向かって、どちらの議論が納得できるかを訴えかけます。
 ディベートは、一種の模擬裁判のようなものです。
 そのようなことをして何をするのか。それは、訓練をするのです。
 訓練と言われても違和感をおぼえるかもしれません。
 ディベートという言葉はかなり誤解されてきました。その最たるものは、ある宗教団体の広報部長が注目を集めたときでしょう。
 弁舌巧みなその広報部長は、「ディベートの達人」と喧伝された。そして彼が詭弁を操り、強弁し、人を言葉巧みに言いくるめることに長けていたことから、ディベートとはそのようなことをすること、と思われてしまいました。
 確かに、彼は「ディベートの訓練」を受け、その技術を駆使したかもしれません。しかし、だからといって、ディベートそのものが「詭弁の技」とはなりません。
 車の運転が出来る人が、車を運転して人を傷つけたからといって、運転技術そのものが「人を傷つける技術」とはいわれない。それと同じです。
 技術をどのように使うのかは、使う側の問題なのです。
 では、ディベートは何を訓練するものなのでしょうか。それは「議論の技術」です。
 議論の技術は、今、日本人にもっとも求められているものの一つです。
 議論をする、というと相手をやりこめる、論破するということが浮かんできます。しかし、議論をすることはそのようなことなのでしょうか?
 今、日本では社会状況がこの数十年で急変化して、世代のみならず、一人一人が持つ価値観も変わってきています。
「私がこう考えているから、相手も同じように考えているだろう」というような、価値観の共有の上に成り立つ「以心伝心」「腹芸」などのコミュニケーション方法はもはやとれないのです。
 相手は、自分と同じような考え方をするとは限らない、という前提のもとにコミュニケーションしていかなくてはならないのです。
 コミュニケーション深めるためには、言葉のやり取りが必要です。(人は、あなたと同じものを見ても、同じように考えないのです。相手が何を考えているのか、また、自分が何を考えているのかを知る、知らせるためには言葉を使う以外にはないのです)

 言葉のやり取りは全て、広い意味で「議論」をすることです。
 つまり、議論をするということは、お互いの理解を深めるためのものなのです。
 その議論の技術を身につけるために行うのが、「ディベート」です。
 しかし、ここで「議論なんてしょっちゅうやっている。今さら習わなくても」という異論が出てきそうです。
 残念ながら生まれながらにしての「議論の達人」はいません。

 技術は訓練を経なければ身に付かないものです。
 例えば、「走る」という技術、これは誰でも、習わなくてもできます。しかし、より速く、効率的に走るためには、何らかの訓練を受けなければなりません。訓練の有無というのは、普通の人と、訓練を受けた陸上選手を比べれば、その差がおわかりになるでしょう。
 議論をする、ということも、訓練の有無が違いを生むのです。

2.ディベートの効果

 ――論理的思考を身につける

 ディベートの訓練は、論理的思考とは何かを理解することからはじまります。
 ディベートは、(論理的)議論を鍛えてゆきます。そのためには、まず、その根本にある論理的思考とは何かを知る必要があります。
 論理的思考に支えられた議論とそうでないものはどれほど違うのでしょうか。
 次の訓練を受けていない議論を見てみましょう。
A:「クジラは、食べたらダメだよ。知能を持っているんでしょ、クジラは」
B:「それをいうなら、なぜ牛や豚は食べて いいんだい?」
 この議論は、どこか噛み合っていません。
 噛み合っていないので、このまま進んでいっても、議論の深まりは期待できません。
 この議論を少し分析してみます。
 Aは、「クジラを食べること」を否定しています。それに対してBは、「牛や豚を食べることの是非」を主張しています。
 二人の議論は一見真っ向から対立しているような印象を受けます。しかし、それぞれが相手の主張とは関係なく主張しているだけなのです。
 主張と主張の対立は、議論として白熱しているように思えますが、平行線をたどる結果になりかねません。
 議論を深めてゆくためには、主張を支える根拠を問いただすことです。
 Bは、Aに対して次のような質問を投げかけていけば良かったのです。
「クジラを食べてはいけない理由は、知能を持っているからですか」(根拠を確認する)
「クジラが知能を持っている証拠はありますか」(根拠の根拠を確認する)
「知能を持った生き物は食べてはいけないわけですね」(隠れた理由付を確認する)
「知能を持った生き物は、なぜ食べてはいけないのですか」(隠れた理由付の根拠を確認する)……etc.
 図(省略)にあるように、人が何かを主張するときには、必ず何らかの根拠を持っています。その根拠のを見極めてゆくことが、議論を深めてゆくことになるのです。
 また、自分が何かを主張するときには、その主張の根拠が確かなものか、自己点検する必要があります。
 論理的に考えると言うことは、この構造を理解し、構造を意識的に使うことができるかどうかです。
 ディベートは論理的思考を基軸として、「議論する」方法を鍛えてゆきます。

3.ディベートの方法

 ――ルールに従って議論をする

 ディベートは次の四つの定義から成り立っています。
1)一つのテーマをめぐっておこなわれる。
 ディベートは「ある種の政策の提案」について論じてゆきます。例えば、「日本は少年法を改正すべし」というような、現状の変更が内容になったものです。
 その提案を行うと、プラスになるのかマイナスになるのか、その比較考量の議論をします。
 論じるテーマ(ディベートでは「論題」という)の論点は一つだけです。例えば、「日本は少年法を改正し、未成年者の実名報道を認めるべきである」というような論題では行いません。
 議論すべき論点が複数になってしまうと、議論が複雑になりすぎて、訓練には不向きだからです。
2)相対する二つの立場に別れる
 論題に対して、肯定側と否定側の二つに分かれて議論をします。
 肯定側は、論題を支持する側、つまり政策の提案側です。否定側は、論題を支持しない側、つまり肯定の提案する政策をやらなくても良いとする側です。
 ディベートの訓練では、この二つの立場にしか分かれません。第三の立場とか中間派もあるのでは、という疑問をあるでしょう。
 ディベートでは一つの問題(論題)を二つに分けて考えてみる、ということを行うのです。
 さらに、自分の意見に関わりなく、肯定否定に分かれます。
 理由は二つあります。
 一つは、感情的にならないようにするためです。
 訓練が感情的対立を生んでしまっては意味がありません。人が感情的になるのは、「議論」と「人格」を一致させて論じてしまったときに起こりやすくなります。
 例えば、「あなたの意見は、もっともだと思うけれども、あなたがいうからいやなんだ」といわれたら、どうでしょうか?
 これ以上このような発言をする人と議論をしたいと思うでしょうか?
 ディベートでは、このようなことを避けるために、自分の意見と役割を分けて行うのです。
 もう一つは、多角的視点を持つためです。
 自分が考えていることは、他者からの批判にさらされて、より確かなものになります。このような、違う視点からの検証作業をするために、自分の意見と関係なく役割を与えられるのです。
 ディベートの訓練では、実際の演習(これを試合と呼ぶ)に入る直前に、肯定・否定の役割を決めます。それまでは、自分がどちらの立場に立つのか分からないのです。ですから、どちらの立場からでも議論を展開できるように準備をしておく必要があります。
 両面から考えることで、多角的に物事を見る訓練をするのです。
3)一定のルールに基づいて行われる。
 ディベートは話す順番、回数、時間が決められ、制限されています。
 ディベートが「訓練」であることを端的に表しているのが、このルールがあるということです。
 いかに論理的に表現するか、相手の話を聴くか、それらを鍛えてゆくわけですから、いつもやっているようにしていては訓練になりません。
 筋力を鍛えるために、ウエイトトレーニングをするのと同じように、知的体力を鍛えるためには、ある程度の負荷が必要になってきます。その負荷がルールということです。
 一定の時間内に、伝えるべきことを伝える、相手の話を一定時間内に分析し、反論をする、これらのことを通して、論理的に議論する技術を身につけてゆこうというわけです。
4)最後に審判による判定が下される
 試合の最後には、ディベートを聴いていた第三者である審判による判定、勝敗が下されます。
 審判は、個人的な感情(論題に対しての好悪など)や、知識(自分の持っている論題に関する知識など)を除外して判定を下します。そして、目前の試合では、肯定否定のどちらの議論が説得力を持っていたのかを判断します。
 勝敗がつくということは、次のような効果が期待されています。
 より論理的議論の展開です。
 肯定・否定に分かれるだけの議論では、時として相手を論破しようとして、揚げ足取りになったり、詭弁を弄することになりかねません。しかし、冷静な第三者の立場からみれば、揚げ足取りや詭弁の詐術は、たやすく見取ることができます。審判から見て、そのような議論をする側に説得力はないのです。
 つまり、説得する方向を審判に向けることによって、より論理的な議論の展開が要請されるのです。 

 4.ディベートの注意点

 実際にディベートの訓練を行う際には、次の点は注意していただきたい。
※指導者につくこと
 スポーツでも、指導者がついて、適切な助言を受けられないと、技術は伸びません。本だけを頼りに練習しても、どうしても限界はあります。ディベートも同じく、ディベート経験豊富な指導者につくようにしたいものです。
 初めてやると、自分や他の人の「悪い」ところは分かるのだけれども、それをどのように改善してゆけばいいのか、次の一歩の踏みだし方が分からないことがあります。
 そのようなときは、経験者にアドバイスをもらうのが一番です。
 ディベートは、今大変普及しつつあります。しかし、時には自分勝手にやっているために、失敗することも多いのです。
 ディベートをしたら喧嘩になった、感情的しこりが残った、などなど。論理的議論の訓練をして、感情的もつれを起こしてしまっては、なんにもなりません。
 このような失敗例を探ってゆくと、指導者の不在が原因だった、というのがほとんどです。
 是非、指導者のもと訓練を重ねてください。
※論題(テーマ)は慎重に選ぶ
 まず、身近過ぎるテーマはいけない。身近なテーマの方が、理解していてやりやすいように思える。だからこそ避けたい。
 身近なテーマは、仕事上の立場、自分の考えや感情を切り放すのが難しい。
 議論の技術の習得という目的より、テーマの内容に意識がいってしまいかねません。それでは、訓練になりません。
 あまり仕事とは直接関係のない事柄を取り上げる方がいいでしょう。

ディベートの基本用語

論 題: 議論するテーマのこと。通常「政策の提案」が内容となる
肯定側:論題を支持する側、政策を提案し、その実行によりプラスが生じること訴える
否定側:論題を支持しない側、政策の実行を否定する、実行するとマイナスが生じることを      訴える
立 論:肯定・否定それぞれ、なぜ論題を支持するのか、しないのかを主張する場面。
反対尋問:相手の立論に対し、不明な点や矛盾点などを質問をして、明らかにしてゆく場面。
反 駁:相手の議論の誤りを指摘する、自分たちの議論の正当性を訴える、この二つのを行う
審判:肯定・否定のどちらの議論がより説得力もっていたか、それにより勝敗を判定する人。通常奇数人数で行われる。
準備:肯定・否定の立論の議論をあらかじめ用意したり、相手の議論を予想して対策を立てる作業。
準備時間:次の立論・反駁などをどのようにするのか、議論の再構築などを行う時間


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価値の比較について

全国教室ディベート連盟機関誌「トライアングル」No15 '99.5.20

 ディベート甲子園に向けて、地方大会や練習試合が行われるようになりました。これまで幾つかの試合を見ていて、価値の比較の仕方に問題があるのでは、と思いました。そこで、判定はどのように下されるのかを確認し、「価値の比較」の問題点、そして、この問題をどのように解決していけばいいのかを考えてみます。

 まず最初に、ディベートはどのように勝敗が決定されるのか、確認しておきましょう。

 ディベート甲子園では、メリットとデメリットの大きさの比較によって勝敗が決まります。すなわち、肯定側のプランからメリットが生じ、メリットがデメリットを上回れば肯定側の勝ち、そうでなければ否定側の勝ちとなります。

 審判は立論から第二反駁までの全体の議論を通して、メリットあるいは、デメリットがどの程度を生じるのか、どの程度重要、深刻なものなのかを判断します。審判は、メリット、デメリットの大きさを判断するために、立論で何が述べられたのか、立論で述べられたメリット、デメリットの発生過程が、反駁の議論によってどの程度を生じることになったのか、また、重要性、深刻性がどれほど減じられたかをチェックするのです。

 幾つかの試合を見ていると、次に挙げる問題がみられます。メリット・デメリットの1対1の比較をしていること。それまでの反駁の議論を反映させないで比較をしていること。

 まず、メリット、デメリットの1対1の比較をすることについて。試合を見ていると「メリット1とデメリット1を比較します」「メリット2とデメリット1を比較します」という、1対1対応の議論があります。これは、あまり有効な方法とは言えません。

 なぜなら、審判の判断にあまり反映されないからです。審判は、メリット全体とデメリット全体を比較した上で判断するからです。1対1の対応関係のみで判断するわけではありません。

 そして、この1対1対応では、メリット全体とデメリット全体の比較をしづらくします。それは、いくつもの比較の観点が出来てきてしまうからです。例えば、肯定側では、「メリット1とデメリット1」「メリット1とデメリット2」「メリット2とデメリット1」「メリット2とデメリット2」の4通りの比較をすることになってしまいます。これでは、反駁の内容としても煩雑ですし、時間をとってしまいます。

 問題点の二つ目として、それまでの議論を反映させない比較をしていることです。例えば次のようなものです。「仮に肯定側のメリットが成立したとしても、やはりデメリットが大きいのです。なぜなら〜」確かに、立論段階でのメリット、デメリットの大きさを比較する、ということではいいのかもしれません。しかし、これを第2反駁で出すのは、あまり意味がありません。なぜなら、仮に成立するというなら、それまでの反駁の議論が全く考慮されないことになってしまうからです。審判は、「仮に成立したとしても」とは判断しません。前述のように、最後の反駁までの議論を聞いて、メリット、デメリットがどの程度発生するのか、そして、重要性、深刻性はどの程度か、全体としてメリットとデメリットの大きさを判断するからでです。

 第2反駁で価値の比較をするならば、それまでの議論を反映させたうえで、メリット全体とデメリット全体の比較をするのが望ましいです。それまでの議論を反映させる、ということは、時に相手の主張を認めなければならないこともあります。例えば、肯定側ではこのように締めくくることもあり得るのです。「確かに、否定側のいうように、メリット2は、発生しないでしょう。しかし、メリット1で述べた、〜〜という点は、否定されていません。これが、この政策を行うかどうかの重要な論点なのです。否定側のデメリット1は、発生過程が〜〜ということで、ほとんど発生しません。デメリット2は、確かに発生はするでしょうが、その深刻さは大したことないのです。なぜなら、第一反駁、第二反駁で述べたように〜〜だからです。つまり肯定側のプランを採用すれば、〜〜が得られるのです」

 このように、メリット全体とデメリット全体の比較をするためには、論点を絞る必要があります。なぜなら、細かい批判や反論をしていては、全体について言及する時間が無くなってしまうからです。論点を絞って丁寧に説明した方が、審判にとってもわかりやすいですし、議論をより深めることにもなります。例えば、相手のメリット、デメリットの「発生過程」と「重要性」「深刻性」の両方を批判、反論するのではなく、発生過程にだけ絞って反駁することも方法の一つです。なぜなら、発生しないとなれば、どんなに重要でも、あるいは深刻だったとしても、そのメリット、デメリットは意味をなさないからです。

 ディベートでは、メリットとデメリット全体の比較をし、それは、それまで出された議論を考慮した上でしなければなりません。そのためには、論点を絞る必要があります。


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・いいとこ3つスピーチ

授業づくりネットワークNo.157

 ディベート・オープン・スペースは、入門講座終了後さらにディベートを学びたい、という人たちが集まってできた勉強会です。
 参加者は中学生から引退後の方まで、年齢、職業も多様です。
 このディベート・オープン・スペースで行っている様々の練習の方法を紹介してゆきます。
 実際にディベートをする前には、毎回「いいとこ三つスピーチ」をしています。
 この演習の目的は二つあります。
 1.アイスブレーク 
 簡単な実習をすることで、初対面参加者同士の緊張感を緩和することができます。
 2.ディベートへの慣らし運転 
 発想の訓練と発言の口慣らしができます。
 やり方は以下の通りです。
 一人ずつ、回答と出題を繰り返してゆきます。
 最初の人は、問題を出します。
 例「車と電車を比較して、電車のよいところを三つあげてください」 
 次の人は、すぐに考えて、答えます。
 例「電車と車を比較して、電車のよいところを三つあげます。一つは、大量に運べることです。車は一度に数人から、数十人ですが、電車なら何百人と運べます。二つ目は、時間に正確だということです。車は渋滞などがあって、時間に正確ということはありません。三つ目は、疲れないということです。車だと運転をすれば疲れますが、電車なら居眠りをしていても目的地に着けます。 以上、大量に運べること、時間に正確だということ、疲れないという三点から、電車のいいところをお話ししました」
 答えたら、次の問題を出題します。
 「リンゴとミカン、ミカンのいいとこを三つあげてください」
 以下、回答と出題の繰り返しです。最後の人の出題には、最初の人(出題だけだったので)が答えます。
 出題は、以下の点に注意します。
 価値論題的なものにします。
 政策論題的なもの(現状と現状行なわれていない事とを比較しメリットをあげる)を、出題後すぐに答えるには、回答者の負担が高くギブアップになりがちです。それに比べて価値論題的なものは、なんとか3つはあげられる上に、柔らかい話題がでやすい事もあり、目的に沿う事ができます。
 この演習では「緻密な論理より大胆な発想」出題者も回答者も豊かな想像力とユーモアのセンスが、問われます。

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・一争点ゲーム

授業づくりネットワークNo.158

 今回は、試合をする前のウォーミングアップの方法を紹介します。
 論題が決まり、リンクマップを作ってメリットとデメリットができたら、調査に入る前にさらにそのメリットとデメリットを深く考える、簡単なゲームをしてみます。
 簡単なゲームとは、
一争点ゲームです。
 一争点ゲームとは、文字通り、ひとつの争点だけで争うゲームということです。やり方は以下の通りです。

1.3人1組になり、先攻と後攻、そして審判を決めます。
2.先攻は、肯定か否定かを決め、自分が述べるメリットあるいは、メリットのラベルを発表します。
3.ここで作戦タイム。後攻の人は先攻の人が発表したラベルから予想される発生過程や重要性をどう反駁するかを考えます。時間は、1分ぐらいです。
4.ゲーム開始。先攻は、立論を述べます。ここではプランとメリットあるいはデメリットの人といいます。例えば先攻した人が肯定側をやるということになって、そうなれば、メリット・プラントをメリットその発生過程と重要性をを述べます。
5.次に後攻の人は、先攻の人が述べたメリットあるいは、メリットの発生過程か重要性のどちらかに絞って反駁します。。
6.絞られた発生過程あるいは重要性の反駁を3回〜は4回繰り返して来ます。
審判は、最後の反駁か終了した時点で、どちらの方に説得性があったか判断を出します。

このゲームで、どのような議論が展開されそうか、ある程度の見通しができます。何度か繰り返すことで、どのようなプラン、メリット、デメリットを組み立てるといいのかが見えてきます。
 ある程度見えてきたらもう一度リンクマップ作りをして、必要な情報をチェックし直し、リサーチにかかります。
 リンクマップを作るだけでは議論の展開はあまり見えない場合があります。簡単な試合形式のものをすることで、議論の展開が予想できるようになります。

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・2立形式のマイクロディベートをする

授業づくりネットワークNo.159

 ディベート・オープン・スペース(DOS)では、ディベートの2立形式のフォーマットを用いています。第2立論があると、議論がより深まるからです。
 第2立論形式のフォーマットは、難しい、複雑だと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。
 立論が一回の形式のものに、反駁が一回増えたと考えればいいのです。つまり、立論1回の形式では第1反駁でしていた議論を第2立論で展開します。肯定側の第2立論は、否定のデメリットに対する批判を、否定の第2立論は、肯定のメリットに対する批判をします。
 反駁の機会が増えることで、議論はより深まります。
 この形式でマイクロディベートをしています。マイクロディベートとは、1対1で試合をすることです。
 原則として、肯定、否定、審査を各1回ずつします。
 また、立論、反対尋問(質疑)、反駁も一人でします。
 すべてのステージを体験することで、ディベートをより深く理解できます。そして、すべてのステージを体験するので、各ステージ間の関係をしっかりと捉えることが出来るようになります。例えば、質疑で得た情報を反駁に生かすとか、第1反駁と第2反駁の連携を考えるということです。また、各ステージ(立論など)の時間も短く、比較的短時間で多数の試合が出来ます。
 是非、第2立論形式のディベートを試して下さい。

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・試合を振り返る

授業づくりネットワークNo.160

 議論の技術を深めるためには、ディベートの試合後、実際に話された言葉を再現しながら振り返るのが有効です。ディベート・オープン・スペースでは、音声による試合の振り返りをしています。
  音声による振り返りとは、カセットなどで試合の模様を録音し、それを再生しながらするものです。
 音声による振り返りには、次のメリットがあります。
 まず、手軽に出来ます。音声だけですからカセットデッキ、あるいはMDだけでも出来ます。
  次に、試合の内容にのみ集中することが出来ます。音声だけですから、言葉だけを真剣に聞き取るようになります。
 振り返りをすることで、ディベーターは自分が話したことが、実際に聴衆にどのように伝わったのかを確認できます。自分の意図していたように伝わらなかったり、聴衆に誤解されていたり、ということがこの振り返りを通してわかるわけです。聞き手も、ディベーターの意図と自分の解釈の差を理解することが出来ます。
 振り返りは、ストップモーション方式(再生の途中で、気になったところで止め、ディスカッションしたり、聞き直したりすることです)でします。この方式で振り返ることで、気になったところの他の人の意見を聞いたり、不明な点を確認することが出来ます。議論の細かいところを理解することが出来ます。


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論題の提示から議論の構築まで――ビジネスマン向け入門書から――

教室ディベートへの挑戦 第3集1996.2.5

 今回は社会人向けに書かれたものをとり上げ、教室の中にとりこめるものがあるかどうかを探ってみたい。

1.ディベート試合にいたるまで

 これまでの実践記録に対する不満として、試合にいたるまでの過程の記録が少ないことがある。議論の構築と情報の収集、それらのすべを知りたいと思っても、どうも実践記録からは抜け落ちる傾向にあった。
 これからはじめようとするものにとっては、これでは不親切である。試合の記録があっても、それにいたる過程がなければ、途方に暮れるしかないのである。今回は、最近出された二冊の本を題材に、それらのところを探ってみたい。
 とりあげる本は、『ディベート入門』(北岡俊明著日経文庫)と『ディベート術入門』(北野宏明著ゴマプックス)である。

2.論題の提示以降

 論題が示されてから、情報の収集にかかるまで、どのようなことをすれぱいいのだろうか。

 例えば、「日本は米の自由化をすべし」という論題を与えた後、子どもたちに、どのような行動を期待するのだろうか。闇雲に図書室に走ることだろうか? いや、図書室に走る子どもがいれぱいい。何も指示がなければ、ただ呆然と立ち尽くすだけではないだろうか。

 情報の収集の仕方は、ビジネスマン向けにはどのように書かれているか。

 北岡氏の『ディベート入門』(以下、「北岡ディベート入門」とする)では、「どのような資料やデータを、どれだけ、いつまでに収集すればいいのか。はっきり言って、こうだという解答はありません。」(P68)とある。これでは、本当に何の解答にもなっていない。

 北野氏の『ディベート術入門」(以下「北野ディベート術入門」とする)では、「問題発見能力の磨き方)という章を設け、「たとえば『日本政府はコメの自由化を行うべきである』という論題があった場合、政策の方向性のみが提示されていて、どのような具体的政策があり得るのか、自由化を行わなければならない問題点はどこにあるのか、あるいは自由化を断行すれぱどのような問題が起こりうるのか、といった点について、肯定側も否定側も独自に問題点を探し出さなけれぱならないのです。つまり、まずはじめに問題を発見しなければ、議論の組み立てようもありません。」(P58)資料収集に走る前に、何が必要なのかを知らなけれぱならないことを示している。

 次に、ある程度問題点が見えてきたら、どの程度の資料を集めるのか、ということになるが、「北岡ディベート入門」は、前述のように、なんら解答を持ってはいない。

 それに対して、「北野ディベート術入門」では、「本格的なトーナメントに出場するときは、本であれば三百から四百冊、雑誌十数年分、新聞の縮刷版も十年から十五年分、データベースも全部検索するというように、自分はどんな情報がほしいのかを頭に置きながら、膨大な量のデータを読み進めていきます。」(P60)

 教室で行う際には、これほどの量の資料に当たることは不可能である。しかし、本格的にディベートの試合を行おうとすると、これほど調べるのだ、ということを知っておくだけでも有効だろう。

 重要なのは、「自分はどんな情報がほしいのかを頭に置きながら」という部分である。よく「資料に振り回される」という言いかたをするが、何を知りたいか、必要なのかを知らずに、闇雲に資料に当たってゆくと、あれもこれも、となり全体像を見失ってしまう。まとめられなくなってしまうのである。

 議論を構築するのに必要なものは何なのか、あるいは、自分は何を知らないのかを知っていて資料に当たると、必要な情報を選択することができてくるのである。

3.情報の整理・分析

 準備作業の次の段階は、集められた情報をいかに使えるものにしてゆくのか、分析と整理を行わなければならない。

 ディベートを行っていると、「あの資料は、どこだったっけ」と探しているうちに時間がきてしまう、ということがままある。これは、情報の整理が十分になされていれば一解決できることなのだ。

 「北岡ディベート入門」には、整理分析する具体的方法の言及はない。「資料を捨てる勇気を持つ」「資料やデータは図表にすること」と項目はあっても、具体的方法論の明記はない。

「北野ディベート術入門」では、どうだろうか。「主に、B6判の情報カードを使って引用部分を抜き出していきます」「このカードは、ディベートでの論点に沿って立てた細かい項目ごとに分類していきます。」(P60)

 情報は、分類しやすいようにカード化し、分類してゆくのである。収集した情報をあとから検索しやすくするわけである。

4.情報の評価

 情報(資料)は集めた、整理をした。そのあと、その情報が質が良いものかどうかを判断してゆかなくてはいけない。この作業は、情報収集の段階でも、整理の時にも行わなくてはいけない。

 では、どのような情報が「質がよい」ものなのか、あるいはそうではないのか。その基準はどこにあるのだろうか。それは、なんとなく、勘で選んでゆくのだろうか。

 「北岡ディベート入門」には、それは全く触れられていない。

 「北野ディベート術入門」では、質の良い情報とは「非常に明確な論点を主張していて、それに対する理由付けが明確になされており、事実に基づいているものです」となっている。

 これに対して、質の悪い情報とは、「主張が曖昧なもの、または、論点や主張だけが書いてあって、理由付けが全くないもの、事実に基づいていないもの、明らかに感情的な議論であるというもの」(P63)と示されている。

 情報の取捨選択は、ディベートを多く行ってゆくうちに、経験のなかからこのような判断墓準にたどり着く。しかし、時間的制約の多い教室の中で、子どもたちの経験知の獲得を待っている余裕はない。はじめに、これらの基準を示すことが必要だろう。

5.議論を構築する

 ディベートの議論を組み立てるとは、どういうことだろう。集めた情報の取捨選択を行い、それらをただ並ぺてゆくことだろうか。

 ディベートでは、あるポイントに従って、議論を組み立ててゆく必要がある。「北岡ディベート入門」では、それをディベートストーリーと呼んでいる。(P77)「北野ディベート術入門」では、立論のプロセスで説明している。(P67)

 一定の枠組みの中に、議論を組み込んでゆくのである。ここで、注意しなければならないのは、「一定の枠組み」である。枠組みが間違っていては、論理は破綻してしまう。「「北野ディベート術入門」では、政策論題の普遍的なパターンが示されている。

「北岡ディベート入門」では、事実論題の例が示されている。事実論題を教室の中で扱うことは少ないだろうと思われるので、参考にはならない。また、「北岡ディベート入門」で、とり上げられた例は、事実論題を論じるとしても、枠組みとしては不完全である。

 構築例は肯定側で論題は「日本市場は閉鎖的である」である。主要部分を上げると、「(3)論題の言葉の定義 閉鎖的とは、市場が完全に自由化されてないことをいう。(4)肯定する理由 製造業において下請けの系列化が進み参入が困難である。流通の系列化がすすみ自由竸争が阻害されている(以下略)」

 定義された「市場が完全に自由化されてないこと」が、肯定する理由で挙げられたものでは、なんら証明されたことにならないのである。

 なぜか。挙げられた理由の「参入が困難」「自由競争が阻害されている」ことが、なぜ、完全に自由化されていないということになるのかがわからないのである。定義とそれを満たすための基準、そして、基準に達しているかどうかの分析が事実論題では必要なのである。これ(注1)は価値論題でも同じである。

 次のステップは、組み立てた議論をさらに深めてゆくことだ。深めてゆくためには、どのような手順を踏んでいけぱよいのだろうか。

6.リンクマップ=システム・ダイナミックス

 議論を深めてゆく必要性は、両書とも触れている。

「北岡ディベート入門」では、「様々な角度からの分析です」(P80)とあるのだが、様々な角度からの分析は、どうすればできるのか、具体的方法が明示されていない。

「北野ディベート術入門」では、否定側の構築法に言及し、さらに「システムチャート」を作ることにふれている。

「論理構築の際、必ずシステム・ダイナミックス・チャートを書いています。一中略一ある政策に関する波及効果について、ありとあらゆる可能性を図に書いていきますから、何十、何百という矢印が飛び交うことになります。そして全体的なシステムを見てはじめて、自分たちの立論ではどこに焦点を絞り、相手がどの部分で反駁してきたらどこを出そうか、といった戦略を立てていくことが可能になります。」(P72)

 議論を深めてゆくためには、全体像を把握することである。それを図式化しておくとわかりやすい。「北野ディベート術入門」では、この図の書き方まで説明がない。

 教室ディベート研究会では、「リンクマップ」と称しているものである。

 図式化は、準備のどの段階でも有効な方法である。

 では、どのように書き、使ってゆくのか。一人で行ったときの例を挙げておこう。上に示した例(図は省略)は、「日本はサマータイム制を導入すべし」という論題を与えられた直後に書いたものである。既有の知識範囲内で、問題はどこにあるのか、導入したらどのようになるのか、ランダムに思いついたものを整理した段階である。

 用意するのは、大きめの紙、カード(ポストイットなど、あとで張り替えることが可能なものがよい)である。

 用紙の中心に論題のキーワードを書く。(政策論題では、政策)中心に書くのは、様々な可能性を考えて、発展してゆく過穆を書き込みやすくするためである。

 カードに思いついたものを書き留めてゆく。書き留めてゆくものは、もちろん論題を採用したらどうなるか、ということである。それらカードに書いたものを、紙上に配置してゆく。最終的なメリット、デメリットと思われるものを外縁部におき、そこまでの過程と思われるもので、中心のキーワードからのつながりをつけてゆく。

 例えば、「様々なコストの負担が増す」と思いついたら、「なぜ、コストがかかるのか」「時間の切替の手間がかかる」「なぜ時間の切替の手間が発生するのか」「サマータイム制では、春と秋に時刻の切替を行うから」というように、つながりを考えてゆくのである。カードを使うメリットは、位置の移動が簡単であるからだ。思いつくものを直に書き込んでゆくと、つながりを示す線が複雑になってしまうことがある。図式化しても、阿がなんだかわからなくなっては、意味がない。

 資料の収集にかかる前に、とりあえず「リンクマップ」を書いておくと、得たい情報はなにか、ということがある程度見えてくる。例えば、「切替費用がかかる(だろう)」と思いついたが、どこで、どのくらいかかるのか、試算はあるか、他国の例はないか、というように問題意識が生まれてくるのである。

 次に、情報を収集したら、このリンクマップに修正、加筆してゆけばいいのである。全体像を描きながら、様々な角度から検討することができる。

 ビジネスマン向けのディベート書も、同じ「教育ディベート」のカテゴリーに属する。吟味してゆけば、教室の中に応用することは、可能なのである。

(注1)「現代教育科学」(’9512月号No499)「授業ディベートの論題開発・9」岡山洋一・西澤良文で詳しく論じられている。


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プレゼンテーションの基礎・基本

授業づくりネットワークNo.171 2000/3

 現在、企業内教育でプレゼンテーション研修は盛んに行われている。今回は研修の内容に沿って、プレゼンテーションの基本部分、プレゼンテーションの定義(何か)、プレゼンテーションの構成要素の概略を説明してゆく。

 プレゼンテーションの定義

 プレゼンテーションとは何かと問うと、次のような答えが返ってくる。パワーポイントを使って行うこと、わかりやすい話し方、説得力のある話し方、姿勢や身振り手振りの方法...etcいずれも、プレゼンテーションを正確に言い表してはいない。
 では、プレゼンテーションとは何か
 相手に行動の変化を強いる行為である。
 つまり、相手を説得し、相手に納得させて、相手に決断を促し、実行させるための行為、これがプレゼンテーションなのである。 
 パワーポイントの使用も、話し方や身振り手振りも、プレゼンテーションの一部にすぎない。プレゼンテーションというと、何か大がかりな(パワーポイントを使ったり、資料を配付したり、等々)作業と考える向きもあるが、大がかりなものだけではない。私たちは日常的に、相手に行動変化を強いる行為をしているのである。仕事の中で行われる「ホウレンソウ」(報告・連絡・相談)も、プレゼンテーションである。
 例えば、何かの報告をする場合、報告をする方は、聞き手に伝えることで、報告の内容を理解してもらう、あるいは報告に沿って次の行動をとってもらおうとしているのである。また相談にしても、相談者は相手に何かのアドバイスを提出させるという行動を期待しているのである。
 更に身近な例で考えてみよう。子供が母親に向かって「お腹がすいた」と訴えるのも、一つのプレゼンテーションである。「お腹が空いた」とプレゼンテーションすることで、母親に食事の用意をすることを期待し、そのように行動することを強いているのである。

 プレゼンテーションの基本要素

 プレゼンテーションを構成する要素は次の三つがある。
・ 分析
・ 構成
・ 伝達
 分析とは
 プレゼンテーションは、準備なしにはじめるものでも、闇雲に準備するものでもない。相手を説得するための材料を用意しなければならない。集めた材料を適切に配置し、効果的な伝達方法を用いなければならない。適切な材料を集め、組立、伝えるために、事前に準備をすることが「分析」である。
 分析作業は、三つのものがある。
・ 目標分析
・ 聴衆分析
・ 方法分析

 目標分析

 目標分析とは、何のためにプレゼンテーションを行うのか、ということを自身で確認することである。具体的にいうと、プレゼンテーションをすることで、相手にどのような行動の変化を期待するのかという、プレゼンテーションの「目的」。それと相手にどの程度の変化を期待するのか、プレゼンテーションの「目標」、この二つを確認するのである。
 例えば、子供が「お腹が空いた」とプレゼンテーションしたとき、その目的は食事にありつくということだし、目標は夕食が出されること、少なくとも何か食べ物が出されることになるだろう。
 目標分析を踏まえ、次は聞き手を分析する。

 聴衆分析

 聴衆分析とは、相手、つまり聴衆の状態を分析することである。具体的には、聴衆の中の意志決定者(キーパーソン)は誰かを見極めること、自分が行うプレゼンテーションの内容について聴衆は関心を持っているかどうか、また知識をどの程度持っているのかを予想し、分析しておくことである。
 同じく「お腹が空いた」というプレゼンテーションの例で考えてみよう。聞き手が両親、妹、弟という状況だったら、意志決定者(この場合は、食事の差配の決定権を持っている人)は誰か、自分の目的、目標を達成することが出来る人は誰かを見極めなくてはいけない。もし、キーパーソンを間違えてしまうと、目的を達成できないことになる。1歳半の弟に向かって「お腹が空いた」と訴えても、「空いた、空いた」と同調してくれるかもしれないけれども、食物を得るという最低限の目標も達成することは出来ない。
 また、聴衆がプレゼンテーションの内容に関心がなければ、説得行為も効果はない。既につまみ食いをしてお腹が満ちている妹に向かって訴えても「私は空いていないモン」といなされてしまうかもしれない、そして、食事に関して知識のない父親に向かって話をしても、「エーと、何か食べ物はないかな、ないな、我慢してな」といわれてしまうかもしれない。ここではキーパーソンであり、関心も知識もある母親に訴えなければならない。
 実際のプレゼンテーションでは、関心のない聴衆がいたり、知識の多寡にばらつきがあったりする。聴衆分析に基づいて、次に述べる方法分析や内容構成、伝達の工夫をして、関心を高めたり、知識の平準化を図ってゆくことになる。
 目標と聴衆の分析とともに、どのような方法で伝えるのかを考えておく必要がある。方法分析である。

 方法分析

 方法の分析とは、プレゼンテーションをどのように行うのかを分析することである。具体的には、何時行うのか、どこで行うのか、伝達方法は何を使うのか、を考えることである。
 何時行うかによって、目標の設定の仕方も変わってくる。今すぐとなると、十分に準備が出来ないので、目標は低く設定することになる。プレゼンテーションの実施までに時間があれば、十分な準備や聴衆の分析も可能となるので、目標も高くなるだろう。
 どこで行うかによって、準備の方法も変わってくる。自分のよく知っているところでするのか、知らないところでするのか、などを考慮しなければならない。
 伝達方法は、何を用いるのか、口頭だけなのか、資料を配付できるのか、あるいはパワーポイントを使うのかによって、準備の仕方も変わってくる。
 例えば、たった一人の聴衆に対して、大画面のパワーポイントを使ってプレゼンテーションしても効果は少ないだろうし、千人の聴衆を前に、複雑な内容を口頭だけで伝えるのは大変難しいことになる。
 目標分析と聴衆分析を踏まえた上で、最適な方法を選ぶことになる。
 分析作業を終えたら、次は聴衆に伝えるための内容の構成になる。

 構成

 構成とは、伝えたい内容を聴衆にわかりやすいように組み立てることである。
 原則は、
 話したい順番と聴きたい順番は逆である
 ということだ。話し手は、事の経緯に沿って話す方が楽である。しかし、聞き手にとって、それは結論がなかなか分からない。また、途中で聞き手が勝手な解釈をしてしまうかもしれない。話し手の意図とは違う受け取りを聞き手がしてしまうかもしれない。
 例えば、「お腹が空いた」と伝えるとき、なぜお腹が空いているのかその経緯から話をしていたら、母親には伝わらない。
 「学校が終わって、健ちゃんと遊んでいたら、ちょっと喧嘩になって、(母:喧嘩しちゃったの、けがさせなかったかしら、謝りに行かないといけないかしら)それで僕がごめんて謝って(母:それはそれは、私の躾の賜物ね)また、遊んだからおやつを食べ損ねて、……」母:「まあ、あなたは偉いわ、じゃ勉強なさい」となるかもしれない。
 内容を構成する段階で重要なことは、
 相手に自分の意図を正確に伝えること
 である。そのための工夫として
・ ロードマップ
・ ナンバリング
・ ラベリング
・ まとめ
の基本的構成を使うことだ。
 ロードマップとは、プレゼンテーションの冒頭で、これから話すことの要点や全体の構成を示すことである。例えば「これから○○について、3点からお話をします」というようなことである。
 ナンバリングとは、話のポイントに番号を振ることである。最初に示した全体構造でいうと今どこを話しているのかを示すことになる。
 ラベリングとは、話のポイントに見出しを付けることである。見出しを付けることで、聞き手はそのあとはなされる内容を予測しやすくなって聴く態勢が出来る。
 まとめとは、それまでのポイントを振り返って、伝えたかったことは何だったのかの確認を聞き手に迫ることである。例えば「以上、3点から○○についてお話をしました」というようにする。
 振り返りをすることで、聴衆の記憶は喚起され、要点が記憶されやすくなる。
 内容構成が終わったら、実際にプレゼンテーションをすることになる。このときには、いかに伝えるか、伝達方法に気を付けることになる。

 伝達

 伝達の段階で気を付けるポイントは、次の二つがある。
・ 話し方
・ 態度
 話し方とは、声の大きさ、話す速度、間の取り方、抑揚の付け方などを指す。聞き手に物理的に声が届かなければ、伝えることは出来ない。理解しやすい早さで伝えることも重要である。また、ポイントを強調するときには「間」をとったり、抑揚に変化を付ける。
 態度とは、姿勢、アイコンタクト、ハンドコントロール(手振り)、動作(体の動き)、指示(資料の指し示し方)のことである。基本は、聞き手に不快感を与えない姿勢、コミュニケーションをとっていることを伝えるような視線を送ること、話をビジュアルに見せるための手の動かし方、聴衆の注意を喚起するからだの動き、効果的な指し示し方を工夫することである。
 プレゼンテーションは「分析」「構成」「伝達」の要素から成り立っている。この三つのバランスをとるとよりよいプレゼンテーションになる。


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・アサーションとは何か

授業づくりネットワークNo.161

 自分の気持ちを把握して、それをどう表現するのか、選ぶこと。

ディベーターは、アサーティブか。

 よく誤解される1つのイメージがある。ディベートをする人は、気が強く、大声で、いつでも自分を主張する、というようなイメージだ。しかしこれは、間違いである。なぜなら、ディベートの訓練を受け、論理的な議論をする技術を持っている人が、常にその技術を発揮するとは限らない。それどころか、相手の気持ちを察してイヤな思いをさせたくないから自分の主張は言えない、ディベートの試合以外では、という人も少なくないだろう。いくら論理的に議論できるスキルを持っていても、それを活用できる心理的なスキルも持ち合わせていないと実際には役立たないのである。

まずは、言葉にしてみよう。

 アサーティブになりたい人がするべきことは何か。まずは、今思っていることを言葉にすることだ。よく、こう言う人がいる「うまく言えないから、黙ってしまうんです」それなら、それを言ってみよう。「私はうまく言えません」と。まずは、それを言ってみる。そして、次の思いを言葉にする。うまく言えないけど「言いたいことがある」のか、「うまく言えるようになりたい」のか。それが、自分を伝えていくということである。そう伝えれば、他者は「うまく言えなくてもいいから言ってごらん」というかもしれない。あるいは、「うまく言えないなら黙ってろ」と言うかもしれない。相手の反応を決めつける事はできないが、とにかく黙っているだけ、よりは、伝えることができるはず。そして、もし「黙ってろ」と言われれば「黙っていたくない自分」に気がつくことができる。まずは、言葉にしてみよう。


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