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ディベート研修について


西部 直樹
私は、企業、公官庁、地方自治体職員に対して年間60回ほどのディベート研修をしている。
日数にすると年間約120日になる。
この研修の数は、私が企業研修に携わってから約10年間、多少の増減はあるがほぼ変わらない。
およそ週に一回、どこかの企業、官庁、あるいは地方自治体でディベートの研修をしている。
私の経験から企業研修(公務員研修も含まれる)では、ディベートはどのように行われているのかを紹介したい。
企業研修のOff−JTでディベートは行われている。
教育を受ける対象者は、企業によって様々であり、その研修目的、受講動機も様々である。
現在企業が置かれている状況は厳しいものがあり、そのためディベート教育は、以前とは違った意味を持ちはじめている。

  企業研修でのディベート

企業内教育の方法には、大きく二つある。OJT(On the Job Training)とOff−JT(Off the Job Training)である。
OJTとは、仕事をしながら上司や先輩などから受ける教育のことである。
Off−JTとは、職場、仕事を離れて、会議室や研修施設に集まり受ける教育のことである。
ディベート研修は、後者のOff−JTで行われている。
私がディベート研修をする場合、研修の期間は通常2日間である。
時間は、朝の9時から午後5時まで、昼食時間を除いて1日7時間、計14時間かけている。
この二日間で、ディベート説明から試合まで行う。
対象者や目的によっては、1日の場合もあり、逆に最長21日間(大学の授業時間数にすれば、3年分くらいか)する場合もある。
ディベート研修の対象者は様々である。
階層としては、新入社員(入社前研修ということもある)から、中堅(入社5〜10年)、新任幹部社員(いわゆる課長職に相当するクラス)、そして、経営役員(社長も含む)まで。職種も、営業職から事務、スタッフ部門、技術職まで。
対象者が様々なのは、企業の経営方針、人材育成の方針によって、どの時点でディベート研修を受けるかが違うからである。
ディベート研修の目的も、これも様々である。

「議論の技術を身につける」
「論理的思考能力とコミュニケーションスキルを修得する」
「テーマ(論題)に関する知識を身につける」
「チームワーク、仲間意識を醸成する」まで。

自治体などの研修では、これ以外に「問題解決能力の修得」「政策形成能力の基礎の修得」もある。
階層別研修から自由応募型へ、そして全社員必修
ディベート研修の形態は、この10年でかなり変わってきた。
対象の階層、職種にも広がりがでてきた。
それは、企業研修の形態そのものが大きく変わってきたためである。
私が講師をやりはじめた10年ほど前は、階層別、強制参加の形態がほとんどであった。
階層別、強制参加とは、入社後一定の年数がたったので、あるいは役職に就いたので、その年次、あるいは役職者を強制的に集めて、一定の研修を受けさせる、というものである。
その研修の一つとしてディベートがあった。
ある年次、ある役職には、ディベートで培われる能力が必要だと思われていたのだろう。
しかし、最近はこのような階層別、強制参加の形態はごくわずかになってきた。
代わりに増えたのが、自由応募型である。
自由応募型というのは、人事部あるいは人材開発部などの研修担当セクションが、幾つかの研修メニューを用意し、社員はそのメニューの中から受けたいものを受ける、という形態である。
そのメニューの一つとしてディベートが入っている。
これは、現在の企業のあり方が変わってきたからなのだろう。
これまでの年功序列、終身雇用といった形態がとれなくなり、代わりに年俸制、成果主義、目標管理制度などが取り入れられつつある。
また、組織の階層もフラット化が進んでいる。
一般的な平社員、主任、係長、課長、次長、部長、取締役……のピラミッド型の組織は、なくなりつつある。
つまり、仕事に必要な能力、スキルは、会社が社員に対し一斉に強制的に身につけさせる方向から、仕事に必要な能力なりスキルなりを持っているかをもって評価する、という姿勢になってきたのである。
もう少し平たくいうと、今までは、この階層、この役職には、これこれの能力、知識が必要である、だから研修をして身につけましょう、と会社が用意してくれていた。
それが、この仕事なりをするためには、これこれの能力が必要である、それらの能力、知識を持っている人を雇います、あるいは評価します、だから、能力なりスキルなりは、自分で身につけて下さい、に変わってきたのである。
企業の変化は、内部にとどまらず外部も、企業を取り巻く環境も変化している。
それがディベート教育を取り入れる要因になっている。
幾つかの例を挙げてみよう。
例えば、営業職について、これまでの営業には「人柄で売る」という面があった。
「彼だから買う」とかいうものである。
「そこをなんとか、私に免じて」といって話が通ることもあったのだ。
しかし、今はこのような「おつきあい」的な営業は通らない。
あるメーカーの営業教育担当者は、「人柄で売る時代は終わったのです。
これからは、自社製品の適切な説明、ニーズの把握と分析、提案能力が問われるのです」と、営業スタイルが「情的」なものから「論理的なもの」に変化したと語っていた。
それまで営業とか対外折衝と無縁と思われていた職種が、営業的作業を担うようになってきている。
例えば、SE(System Engineer)は、これまでは社内での作業のみと思われてきたが、今では営業担当者とともに取引先に出向いてシステムの説明をすることが求められるようになってきた。
つまり、SEでありながら、営業職と同じ能力が求められることになってしまったのだ。
このような環境の変化に対応するためには、これまであまり省みられることがなかった基礎能力が必要となる。
基礎能力、コミュニケーションのスキルである。
特に論理的コミュニケーションスキルである。
そのためディベートが能力開発の技法として取り入れられているのだ。

多くの企業が外部環境の変化に対応するために、内部組織を変更してきた。
社員もその変化に対応するために、ディベート教育を選択する機会が増えてきた。
この変化は、この数年のことではあるが、まだ「劇的」というほどではない。
企業中には、「劇的」に組織内部、外部の環境が変わったので、社員の能力を一気に引き上げようと取り組んでいるところもある。
その一環として、ディベートを全社員必修としたところもある。
例えば、それまで日本企業だったところが、外資との提携、合併などによって、外資系企業となった会社がある。
これまでの「そこのところをよろしく」とか「今まで、そうしてきましたので」と、曖昧なあるいは暗に察しを求めるコミュニケーションスタイルで通じていたものが、「そこのところ、とは何か。よろしくとは、何をどうよろしくするのか」と問われるようになってしまった。
これまでのやり方では、コミュニケーションが成り立たない。それで、全社員にディベートを受けさせることにした、というところもある。 このように、ディベート教育は、企業を取り巻く環境、企業内の環境の変化により、研修の形態、位置づけを変えながらも、スキル研修の方法として取り入れられている。
  ディベート研修の量 これまでは質的な変化についてだったが、量的にはどうなのだろうか。
残念ながら、客観的データがないので、おおよそのことしかわからない。
私個人の仕事量自体は、余り変化してはいない。
それは、一個人が請け負える研修の数に、自ずと限界があるからだ。
個人的には、十年一日のごとく毎週ディベート研修をしている状態である。
客観的なデータはないかと思うのだが、ディベート研修を採用している企業の数についての統計データは、残念ながらない。
企業研修に関しては、幾つかの大手研修機関の調査結果はある。
しかし、ディベート研修だけを取り出して調査項目とされていないので、実態はつかみにくいのだ。
ただ、ディベート研修のニーズは増えている。
研修会社でディベート研修を取り扱っているところが増えているし、ディベート研修をおこなう研修講師の数も増えているからだ。
企業研修専門誌(どんな業界にでも専門の雑誌はある)には、企業向けの公開講座や講師の紹介が載っている。
それを見ると、数年前にはほとんど「ディベート研修」は載っていなかった。
しかし、今年などは毎月どこかで「ディベートの公開講座」は開かれ、講師も十数人はいることがわかる。
それだけのニーズがあるということだ。
企業内教育で、ディベート研修のニーズは高まっているが、まだ課題も多い。
例えば、二日間で身に付くものなのか、研修後の効果測定はどうするか、等々。
それらについては、また機会があったら述べることにしたい。
(にしべ なおき N&Sラーニング代表 JDA会員)